天理教
石上神宮
長岳寺
大和古墳群と黒塚
在原神社
和爾下神社
歌塚
近鉄電車で天理駅を降りると右手前方に、
県下最大のアーケード街が東の方に伸びており、
その1キロほど続くアーケード街を進んでゆくと「宗教文化都市」天理市の象徴でもあります、
天理教ご本部の神殿が見えてきます。
天保の年、教祖中山みき様によって開かれました天理教もその後めざましい発展を遂げられ、
今や世界的な宗教となっております。
また、その関連施設であります、
世界有数の蔵書数を誇る、天理大学付属「天理図書館」、
最近リニューアルオープンしたばかりの
「内外の民族・考古・美術資料」の収集で知られる天理大学付属「天理参考館」等があります。
そして、ご本部を後にし、さらに東の方に足を進めますと、
「石上 布留の神杉 神さびし 恋をもれは 更にするかも」と、
万葉集にもうたわれた石上神宮があります。
この神宮は布都御魂(ふつのみたま)大神を主祭神とし種々の重宝や兵器が納められ累代物部氏が奉祀してきた。
今も「七支刀」(ななさやのたち)をはじめ多くの国宝や重要文化財が祭られております。
石上神宮から「山辺の道」を南の方に、約800メートルほど歩いてゆきますと、
その昔、大栄華を誇りました「内山永久寺跡」があります。
永久年間(1114年)石上神宮の神宮寺として創建されその後、
大寺院に発展しますが明治維新の時、(廃仏毀釈)で廃寺となりました。
今となっては大変残念なことであります。
その内山永久寺跡を過ぎて、
さらに山辺の道を南に行きますと四季の花の寺として有名な「長岳寺」があります。
天長元年(824年)、淳和天皇の勅願によって弘法大師が大和神社の神宮寺として創建、隆盛期には内に48の坊(住居)を構え、300余人の僧が住んでいたといいます。「釜口のお大師さん」と呼ばれ、親しまれております。
長岳寺を更に南の方、
桜井方面に歩みを進めますと全長240mの壮大な前方後円墳「第10代崇神天皇陵」、全長300mの巨大な前方後円墳「第12代景行天皇陵」の両天皇陵があります。
その「第10代崇神天皇陵」を西へ少し下がりますと、
あの(歴史上奇跡の大発見)と新聞紙上をにぎわした黒塚古墳があります。
平成9年に行われた発掘により石室内部から、
33面もの三角緑神獣鏡と画文帯神獣鏡1面がほとんど未盗掘の状態で出土したのです。
畿内か九州か―。
古代史上最大の謎であり、今もその所在地をめぐって熱い論争が続く邪馬台国。
黒塚古墳の発見は、今後の邪馬台国研究に大いなる影響をあたえる歴史的な大発見といえるでしょう。
このように日本人のこころのふるさと「天理市」には数多くの文化財と美しい自然と緑に恵まれ、
私たちは、皆さんの訪れを心から歓迎いたします。
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