最終更新日:平成24年5月7日







「台なし」(だいなし)

 メチャクチャになることですが、文字通り、仏像の台がなくなってしまって、威厳が損なわれた状態を指します。
 いまでこそ、たくさんの仏さまの姿を拝むことができますが、お釈迦さまのころは仏像はありませんでした。お亡くなりになってから、拝む対象を必要としましたので最初は足跡を石に刻んで礼拝しました。まだ怖れ多くて、お姿を描いたり彫刻するのはもってのほかでした。そのかわりとして、聖者の象徴の蓮華、樹下で悟りを開かれた菩提樹、仏教を車輪に例えた法輪、説法のときに陽射しを防いだ傘蓋(さんがい)などを描きました。

 最初の仏像は入滅後600年ほどたってから、ガンダーラやマトゥラなどインドのあちこちで造られるようになりました。アレキサンダー大王のパキスタン侵攻以来、ギリシャの神像を見たり造ったりした影響でしょうか、ガンダーラ仏は彫りの深いお顔で髪もウェーブがかかって、ギリシャ的です。けれど、マトゥラ仏はアジア的で髪も後世の仏像の約束事の螺髪(らほつ)です。もうお顔を覚えている者はありませんし、絵も残ってませんから、シャカ族の末裔をモデルにしたと考えられます。
 釈迦像が造られると、堰をきったようにいろいろな仏像が造られていきます。有名な「釈迦苦行像」のようなリアルなものから、真理を象徴したり仏説に出てくる仏をイメージしたりと広がっていき、ついには菩薩や明王、梵天などの諸天神から土着のヒンドゥーの神まで仏教の仏像として、礼拝所を荘厳していきました。これらの、仏像は端正な顔立ちの如来、菩薩像と、不動尊や四天王のように恐ろしい顔や奇っ怪な姿形をした像に分けられます。どうやら、政治的な思惑で支配したアーリア系を仏菩薩のモデルにし、守護神や仏のお使いである土着の神々と差をつけたようです。
 仏像は不変の象徴として、蓮(聖者は蓮に生まれる)の台座に乗り、背後には光背を背負って(後光が射して)、お体はまばゆい金色に塗られ(真理を具現して光り輝く)、あらゆる幸運と豊かさと福徳を証明する金銀瑠璃(るり)の宝飾に彩られています。さらに人びとは、どんな願いも叶えて欲しいと千体の薬師さまや千体の観音さまを一堂に集めてお願いをしたのです。
 この仏像を見るとき、忘れてならないのが手の形です。印相(いんそう)といって、この形や組み方で仏さまの種類や何をなさっているかが分かります。いわば仏さまのボディランゲージです。
 まず、お釈迦さまの代表的な五印を説明しましょう。
一、説法印(せっぽういん)
最初にお説法をされたときの像にあって、親指と人指し指で造った両手の輪をくっつけ合うもの
気楽にしなさいというポーズです。
いまでは、馬の尻尾のような払子(ほっす)や先の曲がった如意を持って話をします。
二、施無畏印(せむいいん)
不安や恐れを癒やすもので、右手を肩まで上げ、掌を聴衆に向ける
なだめるときにマアマアといって、いまでも同じ手の形をします。
三、与願印(よがんいん)
掌を下に垂らすと、願いを聞いてあげようという慈悲のポーズになる
施無畏印とよくセットになっています。
四、降魔印(ごうまいん)
人差し指だけ地に向かって垂らすと、悪魔は退散する
お悟りのとき、指を地につけると、大地の神が邪魔しに来た悪魔を追い払ったそうです。
五、定印(じょういん)
悟りを開かれた座禅の手組で、左手の上に右手をのせ、両親指先を向かい合わせた形で卵を掌のうちに包むように、結跏趺坐のふとももの上に置く
これは仏さまの定印で、私たちが座禅するときには組み方が上下逆になります。
右のももの上に左足、左ももへ右足、その交差の上に右手、その上に左手となります。

 阿弥陀さまには九品来迎印(くぼんらいごういん)、密教になると、有名な忍者のドロンのような智拳印(ちけんいん)ほか、もう無数の印があります。ちなみに、ふつうの合掌も印ですから、手を合わせるときも心して合わせましょう。

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